やもうど の うた

山人の賦 II――尾瀬に生きた最後の猟師

●平野輿三郎 述/志村俊司 編 ●定価(本体2136円+税)  

白日社《聞き書きシリーズ》の第3集!


イカダにのってイワナをとり、槍でクマをとった猟師に聞く!
山人の賦 II
平野輿三郎 述/志村俊司 編   著者紹介
山人の賦 II――尾瀬に生きた最後の猟師   目次
     品切れ。増刷未定

 日本三大秘境の一つに数えられていたかつての秋山郷で、今では想像もつかない貧しさと飢えに耐えて必死に生きた一人の女のすさまじい暮らしと苦難の生涯――。

 山を神が支配する場所として神をまつり、厳しい掟と仕切りを守って狩りをした猟師たち。その最後の生き証人が語るすさまじいまでの昔の暮し。珍しい狩りのマツリと唱え詞や呪文の数々。命を賭けた山狩り・川狩り。

 2000メートルを超える山々に囲まれ、半年は雪に埋もれる桧枝岐村。明治30年そこに生まれ、15歳で猟師となり、農耕と山稼ぎを続けながら、旧式な鉄砲と槍を持って雪山にケモノを追い、山深い谷のイワナを釣り、サンショウウオを捕り、水に潜ってマスを突き、60歳で尾瀬に山小屋を建てた男による“忘れられた心の故郷の温もり”を伝える昔話。
  • 四六判 上製
  • 236ページ
  • 定価(本体2136円+税)

  • ■著者紹介

    平野輿三郎(ひらの・よさぶろう)

    1897年(明治30年)5月27日、福島県南会津郡桧枝岐村に、
    
    猟師・平野仲次の長男として生まれ、15歳で猟師となる。
    大正6年、現役兵として入隊、シベリア出兵に参加して大正9年除隊。
    結婚後、大津岐開拓に加わり、10年後村に戻り、
    戦後、奥只見・砂子平の開拓に参加。
    昭和27年尾瀬ケ原の見晴に平野長英氏の小屋を借りて入り、
    山小屋を始め、32年に燧小屋を建てる。
    その間、農耕、狩猟、漁労、木工、木挽などにより生計を立てる。
    生涯に獲ったクマの数は350頭を超えるという。
    昭和63年8月16日逝去。

    志村俊司

    (株)白日社代表取締役。東京大学文学部フランス文学科卒業。
    
    図書新聞を振り出しに、総合雑誌「日本評論」の編集長、
    紀伊国屋書店編集部長、竹内書店編集部長を経て、昭和48年に
    白日社を創業、現在に至る。

    ■目次


    まえがき
    ◇山人
     尾瀬・遠い日の思い出
     尾瀬に生きた人たち
     明治30年に生まれて
     開墾・大津岐で暮らす
     燧小屋を建てる
     川狩り・イワナ
     マス狩り
    ◇狩り場
     昔の狩り場
     狩り場の流派
     狩り場のマツリ
     猟師
     服装
     狩場小屋
     荷物と食糧
     野宿
     カモシカ
     シカ
     バンドリ
     サル・テン・キツネ・タヌキ・マミ
    ◇その他の毛モノ・羽モノ・ヘビ
     クマ狩り
     栗山の大グマ
     中ノ岐のナゴグマ
     いちばんおっかなかったのは
     だけどもうおしめえだよ
    あとがき


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