| 山田ハルエ 述/志村俊司 編 |
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| 山の女――秋山郷・焼畑 の谷に生きた女の一生 |
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日本三大秘境の一つに数えられていたかつての秋山郷で、今では想像もつかない貧しさと飢えに耐えて必死に生きた一人の女のすさまじい暮らしと苦難の生涯――。
上信越国境に連なる2000メートル級の山々に囲まれた山間僻地の厳しい生活環境の中で、秋山郷の人々は長い間、焼畑にヒエ・アワ・ソバを作り、木の実を拾い、山にケモノを追う昔ながらの生活を余儀なくされていた。 そこに生まれ猟師の妻となり、75歳の今日まで生きた山田ハルエさんによる、素朴で情感あふれる昔語り。 | |
1918年(大正7年)4月9日、
秋山郷の上ノ原(長野県下水内郡栄村上ノ原)に生まれる。
昭和19年、同じ秋山郷・屋敷の山田亀太郎と結婚。
猟師の妻として冬は一人家を守り、
夏は焼畑耕作に従事、後に切明の開拓農地で農業を営む。
本書の発行時(1992年)も、4月末から11月初旬まで夫とともに
切明の開拓小屋で、冬は屋敷の自宅で暮らしていた。
(株)白日社代表取締役。東京大学文学部フランス文学科卒業。
図書新聞を振り出しに、総合雑誌「日本評論」の編集長、
紀伊国屋書店編集部長、竹内書店編集部長を経て、昭和48年に
白日社を創業、現在に至る。
まえがき
子供時代・秋山郷の昔の暮し(1)
子供時代・秋山郷の昔の暮し(2)
娘時代・冬働き
娘時代・兄嫁が死んでから
娘時代・再び冬働き、東京へ
結婚
次兄富作の死と死者の埋葬
所帯を持ってから・焼畑の苦しみ
苦難の時代・いろいろのことがあって
志賀高原から子供を背負っての雪の山越え
お産・母子ともに死に損なう
オヤジがハッパで目をつぶす
急性盲腸炎・ソリで病院へ運ばれる
生活保護を受ける
難しい子育て
女の仕事
猟師の妻
振り返って
あとがき