| 山本福義・南雲藤治郎 述/志村俊司 編 |
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| 山と猟師とケモノたち |
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猟師とは、生きるためにケモノを獲っていた昔の男の職業だった。彼らは、今では考えられないような粗悪な装備で、危険がいっぱいの雪山に、命がけで獲物を追って苦闘した。
そこには、厳しいけれど“山の精気”に守られた命のみずみずしさ、健気さがみなぎっていた。 長い経験と鋭い観察からつかんだケモノたちの生態や習性についての話にも、生物学者たちのものと全く違った奥深いものがある。 | |
1898年(明治31年)、
新潟県南魚沼郡土樽村小坂に生まれる。
その後、山本家の養子となり、21歳で猟師になる。
冬は銃と罠でケモノを獲り、
夏は炭焼き、日雇い労働などを続け、
60歳を過ぎて猟師をやめる。1990年(平成2年)逝去。
南雲藤治郎
1909年(明治42年)、
新潟県南魚沼郡土樽村小坂に生まれる。
その後、南雲家の養子となる。
昭和4〜6年、14〜16年、兵役。
農業を営むかたわら、冬はスキー指導、
春はクマ狩りに参加し、
夏には蓬峠で山小屋を開いたこともある。
湯沢町スキー場管理委員、公共基金運営委員をつとめた。
1995年(平成7年)逝去。志村俊司
(株)白日社代表取締役。東京大学文学部フランス文学科卒業。
図書新聞を振り出しに、総合雑誌「日本評論」の編集長、
紀伊国屋書店編集部長、竹内書店編集部長を経て、昭和48年に
白日社を創業、現在に至る。■目次
まえがき
◆猟師とケモノたち――山本福義
猟師
――水飲み百姓の次男坊/親が難儀すれば子も難儀する/養子に行って
/嬶と二人で稼いで稼いで/田圃も林も買ったけど/曲がった鉄砲持った猟師
/冬は猟師、夏は炭焼き/なんぼか死ぬような目にも遭って
/人の一生なんてものは
クマ
――春になるとクマ狩りが始まる/水上の奥で獲ったクマ/クマ獲りの名人
/クマってものは/里に出たクマ/襲うときには立ち上がる/昔の村田銃
/さんざんてこずったクマの話
キツネ
――猟師がケダモノのことを知らねえでは/キツネとテンを獲った日のこと
/キツネは峰を逃げる/甲羅を経たキツネの話/狡くても空腹には勝てぬ
/一度試してみたかった昔ばなしのキツネ捕り
テン
――テンは毛皮の王様だ/用心深くて気が強い/テンの食べもの
/テンには藤蔓の罠がいい/罠はケモノとヒトのだましっこ
イタチ
――イタチは自分の足を食い切って逃げる/おかしなことをするイタチ
タヌキ
――近眼でのろま/意地は汚ねえが馬鹿じゃあねえ/すぐ死んだ真似をする
/ムジナとタヌキはちがう/いまだに謎のとけねえおかしな話
アナグマ
――気は強いがタヌキに子を盗られちまう/脇穴を掘って逃げる
/一つ穴にたんといる
バンドリ
――カンカンに凍みた夜のバンドリ撃ち/昔の猟師の服装
カモシカ
――カモシカと犬
ウサギ
――臆病なウサギ
サル
――サルを獲るのはいやだった/それで俺は鉄砲やめた
◆クマと山――南雲藤治郎
クマのこと
――クマには齧りってものがある/どんな穴に寝るか/春、穴から出て
/クマは利口だ/穴グマを探すには穴端の雪を見る/クマを追うには足跡を追う
/巻きで獲るには
クマ追い
――初めてのクマ追い/手負いのクマが鉄砲ふんだくる
/大きな岩穴に逃げ込んだクマ/真夜中の雪崩/天井に貼りついていたクマ/
宝川のクマ追い
――遠眼鏡で一里も先のクマ探し/七ツ小屋の天辺で高みの見物
/追い上げたクマを獲り逃がす/ドジの連続、獲れたのは子グマ一匹
/米がなくなって炭焼きに借りる/山での食いのばし法と大火の焚き方
/ものすごい吹雪になって仲間一人が行方不明
山・私の経験
――春山の沢は楽だが危険/雪崩には前触れがある/岩場では掴まるものに気をつけろ
/災難、動き出した岩に足をはさまれる/悪戦苦闘の二時間半/災難に遭ったわけ
/元橋の爺さんの死とその教訓/ブナの大木が降ってきた話
/荒れたら山頂でテントは張るな/谷川岳の大雪崩
続・クマのこと
――クマを獲ってから/売りたくないのに買われちまった話/クマの見方
/クマの胆あれこれ/胆の干し方とクマの肉/仲間を追って貝掛へ
/濁流の清津川を渡る/一人でクマを探しに/おかしなクマ
/暗くなってからやっと仕留める/商売敵、猟師仲間の対立
/クマ追い五十年最高の時/昔の猟師と今の鉄砲打ち
あとがき
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