| 曽根原文平 述/志村俊司 編 |
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| イワナII――黒部最後の職漁者 |
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最後の職漁者が語る黒部の山人、イワナ、釣り、職漁のすべて! 死の谷と恐れられた黒部は、まさにイワナの宝庫だった。
黒部の谷は北アルプス中央部の3000メートル級の山々が連なる立山連峰と後立山連峰に挟まれて北流する、日本有数の嶮阻な大峡谷だ。しかも付近一帯は、日本一降水量の多い、豪雪多雨の自然条件が極めて厳しい場所である。 そこに、釣りだけは出来ても山には不慣れな曽根原さんが入ったのである。だが幸運にも、そこで職漁の大ベテラン・遠山富士弥と出会い、この黒部の主ともいえる年老いたプロから、職漁についてのすべてを学んだ。 | |
1915年(大正4年)、
長野県大町市八日町に生まれる。
旧制大町中学を卒業後、
満鉄(旧南満州鉄道株式会社)にあこがれ、
現役志願し、満州・海城にあった野戦重砲第九連隊に入隊。
昭和12年、念願の満鉄に入社した。
戦後、子供2人を亡き妻の実家にあずけ、黒部に入った。33歳だった。
黒部ダムの建設が始まり、ついに職漁を諦めることになった。
(株)白日社代表取締役。東京大学文学部フランス文学科卒業。
図書新聞を振り出しに、総合雑誌「日本評論」の編集長、
紀伊国屋書店編集部長、竹内書店編集部長を経て、昭和48年に
白日社を創業、現在に至る。
まえがき
私の釣り・イワナ
私の釣り
黒部のイワナ
職漁・黒部の10年
職漁の師・遠山富士弥
黒部日記
職漁の荷物・食糧・服装
孤独と不安と
災難
川荒れ
黒部のケモノたち
黒部と私
附・冬は漁師で
あとがき