簡明化技術が地球を救う

簡明化技術が地球を救う

●簡明技術推進機構 著 ●定価(本体2000円+税)  





完璧をめざす美意識と、
繊細な感性に支えられた技術

日本人は、粋でないものは嫌いだった。
飛鳥・平安の昔から、自然と和合して生きることを楽しみ、
その中で「簡」にして「明」な多くの技術を生み出してきた。



簡明技術推進機構 著   著者紹介
簡明化技術が地球を救う
  はじめに
     目次
     あとがき
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完璧をめざす美意識と、
繊細な感性に支えられた技術

日本人は、粋でないものは嫌いだった。
飛鳥・平安の昔から、自然と和合して生きることを楽しみ、
その中で「簡」にして「明」な多くの技術を生み出してきた。


  • 四六判  上製
  • 194ページ
  • 定価(本体2000円+税)

  • ■著者紹介



    技術の簡明化こそが 日本と世界を救う
    柳田博明(やなぎだ・ひろあき)
      「簡明技術推進機構」会長(故人)。一九五八年、東京大学工学部応用化学科卒。一
    九六三年、同大学大学院化学系研究科博士課程修了。同年、同大学工学部助手。講師
    ・助教授を経て一九七八年、同大学教授。専門は機能性・インテリジェントセラミッ
    クス。東京大学先端科学技術研究センター長などを経て、定年退官後、財団法人ファ
    インセラミックセンター専務理事・試験研究所長、名古屋工業大学学長などを歴任。
    東京大学名誉教授、紫綬褒章受賞。一九九六年、中田義雄氏、片岡宏文氏ら七名とと
    もに「簡明技術推進機構」を立ち上げ、「市民のための、市民による、市民の」技術
    の実現を目指す「テクノデモクラシー」を提唱。同会会長、賢材研究会会長、NPO
    新産業創造研究会・理事長などを務めつつ、テレビ出演、講演、著書(セラミックス
    センサーなど多数)などの広報活動を精力的にわくわくとこなしていたが、二〇〇六
    年一一月、急逝。本書は、故柳田博明会長への追悼記念出版である。

    第一章
    中田義雄(なかだ・よしお)
    一九五八年、明治大学工学部電気科卒。中学時代にラジオ・テレビの製作にはまり、
    同級生の父親と共同研究を始める。高校二年の時、当時の大蔵官僚OBの松尾俊次氏
    にテレビの一号機を販売。その利益を元手にテレビの製造に拍車がかかり、五年間で
    八〇〇台近くを製造。大学卒業後、会社を立ち上げ、本格的にテレビ製造販売を開始
    し、傍ら、単品受注製作と電気・機械関係の特許申請に励む。一九九六年一二月、柳
    田博明氏ほか七名で、「簡明技術推進機構(PORT)」を立ち上げた。柳田博明氏
    とは小学校四年の同級生で無二の親友として六〇年間をともに過ごし、互いに助けあ
    った。

    第二章
    清水進(しみず・すすむ)
    公益社団法人・日本技術士会金属部会長、同神奈川県支部副支部長。一九五六年、田
    中貴金属工業M入社。貴金属製品の加工・材料開発を担当。一九六三年?一九六八年、
    東京大学宇宙航空研究所福井研究室で薄板成形性の研究。その後、本店、伊勢原、神
    戸工場長、工法開発部長などを歴任。貴金属と関係のない共同研究(日産・帝人・
    田中貴金属)では、自然界から学ぶ「モルフォ蝶の光干渉発色を高分子繊維」で実現
    した。「簡明技術推進機構」が創立された当初、田中貴金属工業Mの本郷成人元専務
    の勧めで柳田博明先生にお目に掛かり、その考え方に感銘して入会。二〇〇二年より
    清水技術士事務所所長。

    第三章
    片岡宏文(かたおか・ひろふみ)
    一九五三年、東京大学応用化学科卒。同年、東京ガスM入社。副社長、最高顧問を経
    て二〇〇〇年退任。この間、一九九七年日本エネルギー学会会長(現在名誉会員)、
    同年燃料電池開発情報センター代表。技術者としては、研究部門、企画部門に長く従
    事。思い出に残る仕事は液化天然ガス(LNG)の導入計画立案、LNGの冷熱利用
    の世界初の企業化、燃料電池の研究開発など。柳田博明氏とは、氏が東大先端科学技
    術研究センター長時代に、会社の研究開発に助言をお願いして以来の交誼。「簡明技
    術推進機構」の創立の際には、趣旨に大いに共鳴し、直ちに会員として参加。数年後
    に同会副会長、柳田博明氏急逝後に第二代会長を務めた。

    第四章
    杉田稔(すぎた・みのる)
    一九六六年、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年清水建設M入社。技
    術開発本部技術開発部長、技術研究所副所長、M大崎総合研究所(子会社)代表取締
    役社長、顧問を経て退任。この間、日本建築学会評議員、粉体工学会副会長・理事
    ・監査役、日本粉体工業技術協会理事など歴任。技術者としては、鉄筋コンクリート
    構造の耐震構造の研究、サイロなど粉粒体貯槽の構造設計、粉体力学、新素材を用い
    た知的構造材料の開発など、研究部門・技術開発部門に長く従事。

    第五章
    石田秀輝(いしだ・ひでてる)
    東北大学大学院環境科学研究科教授・工学博士 。二〇〇四年MINAX(現LIXI
    L)取締役CTOを経て現職。ものづくりのパラダイムシフトに向けて国内外で多く
    の発信を続けている。特に、二〇〇四年からは、自然のすごさを賢く活かす新しいも
    のづくり『ネイチャー・テクノロジー』を提唱。また、環境戦略・政策を横断的に実
    践できる社会人の人材育成や、子供たちの環境教育にも積極的に取り組んでいる。地
    球村研究室代表、ネイチャーテック研究会代表、サステナブル・ソリューションズ
    理事長、ものづくり生命文明機構理事、アースウォッチ・ジャパン理事ほか。近著に
    『ヤモリの指から不思議なテープ』(アリス館 二〇一一)、『未来の働き方をデザイ
    ンしよう』(日刊工業新聞 二〇一一)、『自然に学ぶ!ネイチャー・テクノロジー』
    (Gakken Mook 二〇一一)、『キミが大人になる頃に』(日刊工業新聞 
    二〇一〇)、『地球が教える奇跡の技術』(祥伝社 二〇一〇)、『自然に学ぶ粋なテク
    ノロジー』(Dojin選書 化学同人 二〇〇九)ほか多数ある。

    第六章
    餌取章男(えとり・あきお)
    科学ジャーナリスト・東京工科大学客員教授。一九五八年、東京大学教養学部卒業
    後、日本教育テレビ(現テレビ朝日)に入社。プロデューサー、ディレクターとして
    科学番組を制作、演出(「未知への挑戦」など)。その後、日本経済新聞社に移り、
    一九七一年、「サイエンス」誌を創刊、一六年間、同誌編集長を務める。三田出版
    M専務、東京大学客員教授、産業技術総合研究所広報アドバイザーなど歴任。『ナノ
    テクノロジーの世紀』(筑摩書房 二〇〇一)、『地球がなくなる100の理由』
    (角川春樹事務所)、『悪食のサル』(河出書房新社)、『生命は宇宙から来た』
    (光文社)など翻訳書、著書多数。「科学技術知識の普及は、日本の将来にとって必
    須である」を信念としている。

    第七章
    武藤範雄(むとう・のりお)
    東京都市大学非常勤講師・工学博士。東京大学工学部・付属研究所で二五年間無機耐
    熱材料・複合材料・新素材センサの研究開発。柳田博明先生は、急逝まで身近で公私
    のご指導を受けた大恩人で、先生が東大先端科学技術研究センター長時代には四年間
    新素材センサの共同研究を進めた。先生の強い推薦でALSOKに転職後、理事・技
    術研究所長などを務めながら防犯研究に一七年間従事。柳田先生および清水建設Mの
    杉田稔氏と新素材を用いた簡明な防犯センサー(ブライトガードシリーズ)などを開
    発。柳田先生と共に、賢材研究会を立ち上げ、「簡明技術推進機構」では現在事務局
    担当として活動中。東京都市大学工学部でも一〇年にわたり非常勤講師として若者達
    に「技術者倫理」を講義して叱咤激励中。趣味は、健康に良い腹式呼吸の詩吟(岳
    精流日本吟院町田岳精会会員)と登山など。

    第八章
    永井正幸(ながい・まさゆき)
    東京都市大学教授・東京都市大学エネルギー環境科学研究センター長・工学博士。一
    九七七年東京大学大学院工学研究科修了後、一九七七年東京都立大学工学部助手、
    一九八三年武蔵工業大学(現東京都市大学)助教授を経て教授。「簡明技術推進機構」
    第三代会長。柳田博明初代会長には、大学三年時の講義に感動を覚えて柳田研究室を
    選択して以来、大学院博士課程修了まで指導頂き、直接薫陶を得た。「簡明技術推進
    機構」には、二〇〇〇年頃に初めての会合に出席して、その意味の深さに感銘を受け
    て即入会。大学に籍を置いて以来、一貫して「エネルギーと環境に関わる材料」の
    教育と研究に取り組んでいる。『先端無機材料科学』(昭晃堂出版、柳田初代会長
    と共著)、『工学のための物理化学』(サイエンス社、永井他三名共著)ほか著書多
    数。



    ■簡明化技術が地球を救う 目次




    この「進歩」の先に、何があるのか 5

    技術の簡明化こそが 日本と世界を救う ―― 柳田博明 13

    第一章 アキバの五〇年 ―― 中田義雄 19

    第二章 プラチナ・クライシス ―― 清水進 41

    第三章 足元のスーパー・テクノロジー ―― 片岡宏文 67

    第四章 親子で楽しむテクノロジー ―― 杉田稔 79

    第五章 ネイチャーテクノロジー ―― 石田秀輝 99

    第六章 ロボットの未来 ―― 餌取章男 115

    第七章 安全はタダ? ―― 武藤範雄 133

    第八章 はじめから理科の嫌いな子はいない ―― 永井正幸 157

    簡素への回帰 177


    著者紹介 189



    この「進歩」の先に、何があるのか




     人々が、天まで届く塔を築こうとしたとき、神は怒ってこう言われた。「もう何も
    のも人間のすることを止めることはできない。彼らの言葉を乱し、互いに話が通じな
    いようにしてやろう。」(旧約聖書・創世記「バベルの塔」)。

     私たちの生活を快適にするために進歩してきたはずのテクノロジーが、T便利Uの
    押し売りに走り、資源やエネルギーの浪費を強要し、自然を破壊し続けている。「も
    のづくりを技術者まかせにしていると、手痛いツケを払うことになりますよ」と私
    たちがもっとも危惧していたことが、まさに現実になってしまった。技術がもっぱら
    利益に奉仕する道具となり、消費者・市民を、いや人間そのものを置き去りにして独
    り歩きを始めたのである。
     みなさんは、次々に登場する新製品を技術進化の必然の結果であると、頭から信じ
    ていないだろうか。テクノロジー最先進国の日本で、いま目に見えない新しいタイプ
    のT技術離れUが進行している。そもそも技術は誰のためにあるのか。このいちばん
    大事なことが忘れられてしまったのである。
     本書は、技術を私たちの手に取り戻そうではないか、という呼びかけのメッセージ
    である。ものづくりのあり方を心配し続けてきたわれわれの、いても立っても居られ
    ない気持ちから生まれた本である。「むずかしくてわからない。専門家におまかせし
    ます」を捨てて欲しい。テクノロジーに、口を出して欲しいのである。文句を言って
    欲しいのである。ものを言わぬことによって、私たちはすでに莫大なツケを支払わさ
    れているのだ。
     おそらくみなさんも、何かおかしいな、と感じたことがあるだろう。何がどうおか
    しいのか、どんなツケが溜っているのか、まずは身の回りを見直すことから始めよう。

    押し付けられるT便利UとT不便U
     例えば、いまや普及率一人一台以上の携帯電話。現在では想像もできないほど大型
    の自動車電話機から出発し、日進月歩のハイテクを積み上げてできあがったまさに魔
    法の小箱である。しかし、これでもかと詰め込まれた、人によってはほとんど使うこ
    とがない無数の機能、毎月のように登場する新製品、単行本ほどに分厚い取扱説明書。
    さらに、交換電池のような部品にまで機種によって異なる規格、いったん故障したら
    素人にはまず修理不可能な構造、そして独自の込み入った料金システム……どこかおか
    しくないだろうか。
     携帯電話だけではない。パソコン、家電機器類、自動車など、ほんらいの使用目的
    以外に、さまざまな機能をセットで組み込むT多機能化U現象が進んでいる。自分に
    不必要な、一度も使うことのないような機能が圧倒的に多い場合もある。どの製品を
    選んでも似たり寄ったり、オプションの幅はほとんどなく、結局、自分に必要のない
    ものまでT買わされるUこととなる。こんなにモノが溢れているのに、消費者の自由
    は意外に限られているのである。
     むりやり「需要」をつくり出す、すなわちTつくるためにつくるUものづくりが跋
    扈している。いわゆるエコ製品も聖域ではない。テレビをはじめ、新聞、雑誌、イン
    ターネットなどなど、絶えず繰り広げられる製品キャンペーン。これら広告・宣伝
    費のすべては商品価格に跳ね返ってくる。消費者は、頼みもしないT便利Uと逃げよ
    うのないT不便Uを押し付けられ、余分なコストを払ったうえ、資源、エネルギーの
    浪費に付き合わされているのだ。

    身近で遠いブラックボックス
     みなさんは、優れたものほど複雑である、今日のような高度に進化した技術は、素
    人にわからなくてもしかたがない、と思っていないだろうか。
     「ブラックボックス」が、一般に「使い方がわかっていても、中の仕組みがわから
    ない機械」の意味で使われるようになってから、もうどのくらいたつだろうか。私た
    ちはいま、ブラックボックスに囲まれて生活していると言ってもいいだろう。テレ
    ビ、携帯電話、パソコン、自動車、その他さまざまな家電製品……。私たちはこれら身
    の回りのT機械Uのことを、いったいどこまで知っているだろうか。
     ひと昔前は、車の調子が悪くなるとボンネットを開け、もの知り顔で腕組みしたも
    のである。車にかぎらず、身の回りの器具の点検・修理を通じてテクノロジーに参加
    し、それをつくった人間(技術者)の顔が見えた。
     いま、機械類の各部品はがっちりカバーで覆われ、分解はおろか、ちょっとした故
    障も私たちには直せなくなっている。一カ所が具合悪いだけなのに、全体を廃棄する
    か、まったく問題のない部品までもセットで交換しなければならない。どのような構
    造になっているのか、どんな材料からできているのか、技術者にも、お手上げのもの
    が少なくない。
     技術を知るもっとも身近な手がかりになるはずの製品の取扱説明書。そこでも、構
    造や材質をわかりやすく説明する努力はほとんどされていない。特許関係のこまごま
    した記述、「いざ何かあったら、自己責任ですよ」と言わんばかりの禁止条項の羅列。
    「使っていただくだけでけっこうです。知る必要はありません」と言われているのだ。
     消費者・市民の目から遠ざけられている数々のT不都合な真実U。近年の先端技術
    は、自らの拠って立つ基盤を自ら脅かしながら発展しているのである。

    傾きかけたバベルの塔
     この進歩の先に、何が待っているのだろうか。三〇年ほど前、「どんな豊かさを求
    めるか」という世論調査で、はじめて「心の豊かさ」が「物の豊かさ」を追い抜いた。
    その時、人々は科学技術の発達にも、精神的に豊かな生活の実現を託したのではなか
    ろうか。
     しかし、いま「利便性」が生活、仕事あらゆるものの速度を上げ、私たちはゆとり
    のない生活を強いられている。かつて、IT(情報科学)の出現によって人と地球へ
    の負荷は低減すると言われていたが、そのITの発達が人をより忙しくし、地球環境
    への負荷を増加させている。
     ここ一世紀の間に、世界各地で際限なく拡大する生産・消費によって、地球のもつ
    生態学的収容力、すなわち人間や動物を生かしてくれてきた自然生態系の復元能力も、
    大幅に限界を超えてしまった。「つくるためにつくる」余裕は、もうとっくにないの
    である。
     自然保護やエコ製品のキャンペーンに「緑」があふれている。しかし、その一方
    で、都市部のわずかな雑木林や原っぱはどんどん姿を消し、マンションや駐車場にか
    わっていく。地方の遊休地や里山に、無残に捨てられた産廃の山。高山の急斜面を削
    る観光用道路……こうした風景もまた、技術進歩の必然なのだろうか。
     せっかく築き上げてきた優れたテクノロジーが、人間の限りない欲に付き合わさ
    れ、あらぬ方向に追い込まれている。かつて、爛熟した文明に奢った民は、天まで届
    く塔を建てようとして神の怒りを買ったという(旧約聖書)。私たちのバベルの塔、
    すなわち理念を失った技術とその文明が、いままさに崩壊しつつあるのではないだろ
    うか。
     市民と遊離したところに技術は存在しない(してはいけない)! 技術を前進させ
    るのは、作る側と受け取る側とのフイードバックである。私たちは、二〇年以上前か
    ら、技術者・企業人と消費者・利用者が、ともに一市民として技術のあり方を話し合
    える環境をつくりだそう、と訴え続けてきた。「市民の、市民による市民ためのテク
    ノロジー」、すなわちテクノデモクラシー(技術民主主義)」である。
     「真に豊かな生活」のためのテクノロジーを、みんなでつくりあげていこうではな
    いか。みなさん、技術にもっともっと関心を持ってほしい。理解し、批判してほしい
    のである。自分たちの未来を、TよくわからないものUにあずけるわけにはいかない
    ではないか。

    「簡」にして「明」なテクノロジーへ
     日本人はもともと、ごちゃごちゃしたもの、粋でないものは嫌いだったはずだ。は
    るか、飛鳥・平安の昔から、日本人は自然と和合して生きることを楽しみ、その中で
    「簡」にして「明」な多くの技術を生み出してきた。極力ムダを排し、より完璧なも
    のを目指す美意識と、繊細な感性に支えられた器用さを誇ってきたのである。
     ものづくり哲学の原点に戻ろうではないか。日本がこれまで蓄えてきた力を総結集
    し、社会インフラのモデルケースを世界に示していこうではないか。
     そして、テクノモノポリー(技術独占主義)からテクノデモクラシーへ! 絶対的
    な多数派である市民が理解・共感し、参加できるテクノロジーにこそ、私たちの将来
    を託すことができるのである。
    2012年10月
                                簡明技術推進機構









    簡素への回帰



    もっと自慢していい日本人のT器用さU
     日本人は手先がT器用なU民族だと言われるが、改めてそのことを実感させられた
    ことがある。かつて、アメリカの科学雑誌の日本語版の編集に携わっていた時、たま
    たま日本でミーテイングがあり、何十人かの各国語版のスタッフとその家族が東京に
    やって来た。あるホテルで歓迎会が開かれたのだが、その場の余興に何か日本独特の
    ものを紹介したいと思い、折り紙をプレゼントすることにしたのである。
     まずいろいろな色の折り紙や千代紙を取り出すと、「美しい」、「可愛い」と感嘆
    の声があがり、さらにT鶴UやT花Uを折ってみせると、「素晴らしい。自分もやっ
    てみたい。」ということになった。
     「それではまず、折り紙を一枚取り出してください。こうして目の前にかかげて、
    半分に折ってみましょう。きちんと三角形になるようにしてください」。ここで、驚
    くべき光景を目の前にすることになる。誰も、正方形の紙を空間で二つ折りにして三
    角形をつくることができないのだ。私たち日本人なら何気なく身に付けている指先の
    器用さが、彼らには備わっていない。四角い紙を対角に重ね合わせて三角形にすると
    いう単純な作業をするために、机の上に紙を置いて悪戦苦闘している。この段階で、
    こまかい手順を要する鶴や花を折ってもらうのは、とても無理だとあきらめざるをえ
    なかった。
     この、類のない器用さを武器に、日本人は古来、独特の精妙な技術(芸術といった
    ほうがいいかもしれない)を生み続けてきたのである。
     各地の寺院や五重の塔に代表される建築、左甚五郎のエピソード(彼が鉋で削った
    二枚の板を水に浸けてぴったり合わせると、くっついて引き離すことができなかっ
    たという)などで語られる彫刻、近くは完全な球(真球)を手の感覚だけを頼りにつ
    くりあげたり、レンズやスクリューなどの微妙な曲面の研磨をする技術等は、すべて
    日本人の器用さが生み出した成果である。これらはほんらい、日本人が技術の重要性、
    有効性を十分に認識し、その価値を高く評価し、深い愛着を抱いていたことの証では
    なかろうか。
     日本には、T世界最古の会社Uが存在する。「金剛組」という建築会社で、創業は
    五八七年というから、いまからおよそ一五〇〇年前、なんと飛鳥時代である。四天王
    寺の建立で有名だが、こうした素晴らしい建築技術が代々受け継がれてきたからこそ、
    現在でも立派に存続しているのだろう。ここにも、技術を大事にする感性が脈々と流
    れている。
     そうした伝統は、すぐれた技術を駆使することのできた職人たちの存在はもちろ
    ん、技術を尊重し、職人を大切にする風土を途切れることなく持ち続けることによっ
    て守られてきたのだろう。昔から、職人気質というのはほめ言葉であったし、職人
    のうちでもさらに卓越した技術を持つ者は、匠とか、名人といって称揚された。日本
    人はこのようにして、庶民の生活感のなかで手づくりの技術を発展させてきたのであ
    る。職人のつくりだすさまざまな製品は、まさに優れた文化の一つであった。平賀源
    内や田中儀衛右門はそうした伝統的な文化を基盤にして、独自の発明や制作を数多く
    行った名人たちである。
     日本の技術レベルが、西洋諸国に比べて決して劣っていなかったことは、鉄砲の伝
    来や、蒸気船の来航の時の例でも明らかである。日本人は、種子島に鉄砲が紹介され
    た一年後には、すでに立派な鉄砲をつくりあげているし、西洋諸国からやってきた最
    新艦の修理に伝統的な造船技術を大いに活用した。また、新しい艦船の建造でも引け
    をとらなかったという。

    人間から離れていく技術
     一八世紀中頃に始まった産業革命は、人類の歴史にとってきわめて大きな出来事
    だった。科学や技術の成果が社会の仕組みや人々の生活に激変をもたらす原動力にな
    ったからである。蒸気機関に始まる動力機器の発明とその実用化が、人間の活動範囲
    を大幅に広げ、新しい大量生産のシステムが物質的な豊かさをもたらし始めた。技術
    は社会を変革する手段として利用されるようになったのである。
     こうした産業革命の波は、日本にも否応なく押し寄せる。明治維新以降、欧米諸国
    に追いつき、追い越せを旗印に経済発展の道を突き進んだ日本は、先進諸国から導入
    した技術を国家発展の道具としてフル活用した。いわゆる「富国強兵」策である。技
    術は、個のためのものから、国家発展のための道具へと変質していった。
     第二次大戦が終わって敗戦の空虚から立ち直り、復興への歩みを踏み出した一九五
    〇年代から六〇年代にかけて、日本は再び欧米諸国から最新の科学技術を導入し、
    独特の応用力を発揮して、製品の海外輸出に全力を傾けた。世界有数の経済大国への
    道を急速にのぼり詰めることができたのは、こうした努力の賜物だった。折しも、
    トランジスタの発明、コンピュータの実用化、DNAの発見、宇宙開発の本格的なス
    タート……など、科学技術上の画期的な成果が輩出した時代である。
     その頃、人々にとって科学と技術は、日本に、いや人類全体に進歩と豊かさ、そし
    て幸福をもたらす神の業であった。原子力の平和利用が唱えられ、発電用原子炉が稼
    働を始めたときも、未来のエネルギー源の実現を目の当たりにし、人々は熱狂した。
    六〇〇〇万人が集まった一九六四年の大阪万博の盛況は、まさにテクノロジー賛美の
    シンボルであった。未来の扉は、科学と技術によって開かれる……多くの人たちがそう
    信じていたのである。
     しかし、ここに今につながる落とし穴が存在した。技術が、産業や国家のために奉
    仕する道具となり、国民一人一人の暮らしに利便をもたらすという、ほんらいの使命
    がなおざりにされ始めたのだ。「使われてこその技術」から「つくられてこその技術」
    への転化が、着々と進んでいたのである。ソニーの井深大氏が、技術者であるがゆえ
    に文化勲章の受章者として適当でない、などという暴論がマスコミでまかり通るよう
    になってしまったのも、技術と文化の間に乖離が起こったからであろう。
     六〇年代から引き継がれてきた大量生産、大量消費のひずみはすぐにあらわれた。
    新幹線、高速道路、大型タンカー、高層ビルなどの建設に狂奔した国家や産業界は、
    湯水のように資源やエネルギーを消費し、大量の廃棄物をばらまいた。その結果、空
    気や水は汚れ、石油は高騰した。一九七〇年代はそうした反動がオイルショックと公
    害にあらわれた時代である。
     七〇年代の反省を踏まえて、産業界は重厚長大から軽薄短小へと質的転換に踏み
    切った。コンピュータ技術とロボットを含む生産技術の進歩は、この転換を大きく後
    押しした。日本の生み出す製品は、質の良さ、手軽さ、価格の安さなどによって九
    〇年代の世界を席巻した。省資源、省エネルギーの技術も、高いレベルで確立された。
    ところが、そこに次なる落とし穴が待ちかまえていたのである。

    複雑と使い捨ての時代
     技術の日進月歩によって、新しい製品が次々に生み出されるところへ、企業間の激
    しい競争によってモデルチェンジが頻繁に行われ、古い製品はすぐに陳腐化し、利用
    者の意思に関係なく、きわめて短い寿命で捨てられていく。半年もたてば、前に買っ
    た物が古くなってしまうのである。新しもの好きの人、余裕のある人は、どんどん
    新しいモデルに買い換えていってしまう。まだ十分に使える製品が、さまざまな場
    所でT眠るUことになる。
     使えなくなったからといって、捨てようとすればこれまたたいへんである。昔なら
    中古品としてかなりの値段で引き取ってもらえたものが、誰も持っていってくれない。
    捨てるなら、新しいものと引き換えで、とディーラー、メーカーに言われる。そのう
    え、引き取り手にいくばくかの代金を支払わなければならない。
     かつて、自動車は故障して動かなくなってしまったとき、クランクをまわしてエン
    ジンを起動させることができた。プラグを一生けんめい磨いてやれば、エンジンに点
    火して再び走り出してくれた。ところが、現在の自動車は、ほとんどの部品が電子化
    されてしまって、いったん動かなくなったら、私たちにはどうすることもできない。
    しかも、修理工場へもっていくと、余計な部分まで直したり、取り替えたりしなけれ
    ばならないはめになる。
     というより、いったん壊れると新しいものと取り替えなければならない製品が、身
    の回りにあふれているのである。時計やラジオしかり、テレビや洗濯機しかり……。
    こうした状況が、物への愛着を失わせ、もったいないという感覚を麻痺させてしまっ
    たのではなかろうか。二〇世紀後半は、まさに物質的繁栄とムダづかいの時代であっ
    た。
     そしてもう一つ、私たちの前に立ちはだかるのが、技術の複雑化という難問であ
    る。技術の高度化に加えて、他社製品との差別化、危険を避けるためなどの工夫など、
    既存技術の安易な積み重ねに走る傾向がますます技術を複雑なものにしていく。
     例えば、コンピュータ・プログラムである。多様な仕事をこなしていくために、コ
    ンピュータのプログラムに次々に新しい命令や数式を加えていく。プログラムはしだ
    いにふくれあがって、どこが始まりでどこが終わりかさえも判じにくくなる。それ
    を扱う人が変わった時などはたいへんだ。柳田博明博士は、こうした現象を「スパゲ
    ッティ症候群」と呼んで警鐘を発した。技術の真髄は単純化にある。シンプル・イ
    ズ・ベストというのが柳田博士の主張であった。
     さらにもう一つ、つくる側、売る側のモラルの問題がある。今、その便利さ、手軽
    さのゆえにすさまじい普及率を示すのが携帯電話だが、この携帯電話、いわば先端技
    術のかたまりを私たちはほとんどタダに近い値段で手にいれることができる。希少
    金属の宝庫と言われ、金のような貴金属を豊富に使い、精密技術とコンピュータ技術
    を駆使してコンパクトにまとめられた電話機(万能機と言ってもいいほどだ)が、何
    百円、何千円で売られることは、技術に対する冒涜とも言えるのではないか。
     それを次々と使い捨てで買い換えていくのは、購入価格が安すぎるからにほかなら
    ない。実際には、通話料などに組み込まれて、相当な料金を回収されているのにユー
    ザーは気がつかない。また、それぞれの機器の部品に互換性がなく、通話以外の機能
    をやたらに付加してムダが多いのも問題である。
     日本ではいま、理科離れが叫ばれ、技術者になりたい人の割合がきわめて少ないと
    言われている。そして、科学や技術が人間を幸せにするかどうかについても、肯定的
    な考えを持つ人の割合が他の国に比べて低いという結果がでている。いわゆる技術離
    れである。技術のあり方が、人々の不信を呼んでいることが第一の原因であることは
    まちがいないだろう。ただ、こうした製品の跋扈を許すのは、私たちユーザーが、技
    術に対してしっかりとした価値観をもっていないところから生じていることも事実で
    ある。技術のあるべき姿について、私たちは、真剣な議論を避けたまま、これまで来
    てしまったのである。

    シンプル・イズ・ベスト
     これからの世界における日本の役割を考えてみよう。
     日本人は、指先の器用さと、それにつながる技を尊ぶ心性が優れた製品をつくりだ
    してきたのだが、そこには、伝統を生かしながら、常に革新を目指すという、真摯な
    技術探求の姿勢が秘められていた。
     私たちの中には、清少納言のT小さきものはみなうつくしUという言葉に代表され
    るように、小さいもの、軽いもの、薄いものをよしとし、それでいて、緻密で、強く
    しかも柔らかいものを好む感性がある。このような性質をむりなく調合し、丹精込め
    て一つのものにつくりあげていく能力、これこそ日本の技術の真髄であろう。一見、
    相矛盾する機能を、知恵と忍耐、そして生来の器用さを駆使してシンプルなものにか
    たちづくっていく。つくりあげる過程では徹底的に工夫を凝らし、手を尽くすが、完
    成したものはきわめて簡素な形をとる。日本古来の、ものづくりの美学である。私た
    ちは、こうした精神を、いまこそ取り戻すときではないだろうか。
     エネルギー危機克服の一環として、太陽光発電の必要性が叫ばれ、太陽電池の開
    発・普及が急ピッチですすめられている。国、産業界挙げての大事業である。CO2
    削減のためにはたいへんけっこうなことだが、はたして現在のようなやり方で大丈夫
    なのか、疑問も少なくない。
     例えば、家庭用の太陽光発電はすでにかなり普及しているが、実際に導入した家庭
    からは、パネルが汚れやすい、故障しやすいなど、意外なほど多くの不満の声が伝わ
    ってくる。それらの中でも深刻なのが、各メーカーの規格の不揃いである。太陽光パ
    ネルがばらばらのため、まったく互換性がなく、A社のものはA社の部品でないと修
    理ができない。太陽光発電にかぎらない。これは、先にも述べたように、携帯からパ
    ソコン、自動車に至るまで、さまざまな製品に共通する問題である。
     部品の規模、規格は、すべて同一のものにすべきである。古くは関東・関西地方の
    電力周波数を無計画に異にした前例が、いつの間にか「慣習」化し、大手を振ってま
    かり通っている。技術の究極の姿に簡素を求めた日本人古来の精神はどこへいってし
    まったのか、と憂いているのは筆者だけではあるまい。

    日本人の感性が世界を救う
     二〇世紀はT物理の時代Uといわれ、物質的な豊かさが求められた。二一世紀は
    T生物の時代Uである。Tものの豊かさUから脱却してT心の豊かさUが追及される
    世紀である。そのための新しい価値観を、私たちはつくりあげなければならない。ア
    ピールとしてこれだけはというものをいくつか上げれば次のようになろう。

    ・人々に愛着をもたれるような、丈夫で長持ちする製品づくりを称揚する。
    ・自然環境と共存共栄をはかれる、真のエコを徹底的に追及する。
    ・技術者と市民の協調があって、はじめてあるべき技術の姿が明確になる。
    ・Simple is the best……あらゆるものづくりは、この言葉から出発する。

     あえて、ひとことで言えば、技術者には、長く愛され、後世まで高く評価されるよ
    うな製品を作り出すことに情熱を傾けて欲しい、そして、技術の受け手である消費者
    ・市民は、Tもったいない精神Uに根ざした、コンパクトで密度の高い生活スタイル
    への転換を目指そう、ということであろう。

     いま、地球温暖化、人口激増、食糧、水、エネルギーの不足、資源の枯渇など、私
    たちは地球規模の危機に直面している。これらの問題を解決するためにも、日本の技
    術は、大いに役にたたなければならない。
     CO2を削減するための機械技術や材料技術、エネルギー技術、食糧を確保するた
    めの技術、貴重資源のリサイクル技術などなど、新しい優れた技術の芽を私たちはた
    くさんストックしてきた。それを磨くことによって世界に貢献していくことこそ、私
    たちに実行可能な、しかも最大の役割ではなかろうか。

    2012年9月
                                  著者
















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