■著者紹介
(第1部のインタビューイを含む)
はじめに
御園生誠(みそのう・まこと) 東京大学名誉教授。東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得退学、工学博士。東京大学工学部合成化学科教授、工学院大学教授、日本学術会議会員、日本化学会会長、(独)製品評価技術基盤機構(NITE)理事長などを歴任した。
第1部
福田恭子(ふくだ・きょうこ) ライター&エディター。(株)アテナ・ブレインズ代表。一橋大学法学部国際関係課程卒業。日本経済新聞社出版局編集部、筑摩書房編集部を経て現職。
島田広道(しまだ・ひろみち) 産業技術総合研究所 つくばセンター次長。東京大学大学院理学系修士課程修了、工学博士。専門は固体触媒、特に硫化物担持触媒。
赤井智子(あかい・ともこ) 産業技術総合研究所 高機能ガラスグループ グループ長。大阪大学大学院無機物理化学博士前期課程修了、理学博士。専門は、ガラス材料のうち特にガラスの環境対応と蛍光ガラス材料。
第2部
中岩勝(なかいわ・まさる) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 研究部門長。京都大学工学部化学工学科卒業。京都大学工学博士。専門は、化学プロセスの省エネルギー化、内部熱交換型蒸留塔に関する研究。
第1章
佐藤一彦(さとう・かずひこ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 主幹研究員。東北大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。専門は、有機合成化学、特に環境に優しい酸化反応の開発。
今喜裕(こん・よしひろ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 精密有機反応制御グループ 研究員。東北大学大学院 理学研究科化学専攻博士課程後期課程修了、博士(理学)。専門は、合成有機化学、特に過酸化水素を用いる環境低負荷型酸化技術開発。
第2章
富永健一(とみなが・けんいち) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 精密有機反応制御グループ 主任研究員。東京工業大学理学部化学科卒業。博士(理学)。専門は、二酸化炭素利用反応、バイオマス利用反応の開発。
第3章
榊啓二 (さかき・けいじ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 バイオケミカルグループ グループ長。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士課程修了、博士(工学)。専門は、生物分離工学に関する研究。特にバイオアルコールの分離技術やメンブレンリアクターについての研究。
森田友岳(もりた・ともたけ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 バイオケミカルグループ 研究員。愛媛大学連合農学研究科博士課程修了、博士(農学)。専門は、分子生物学、微生物学、生化学、特にバイオプロセスを活用した機能性化学品等の製造技術に関する研究。
羽部浩(はべ・ひろし) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 バイオケミカルグループ 研究員。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程中退、農学博士。専門は、バイオマスからの化学品製造に関する研究。
第4章
藤谷忠博(ふじたに・ただひろ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 固体触媒グループ グループ長。千葉工業大学大学院工業化学専攻修了、博士(工学)。専門は、金属クラスター接合界面の構造と触媒特性。in-situ表面解析手法を用いた触媒機能発現因子の解明に関する研究。
高橋厚(たかはし・あつし) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 固体触媒グループ 研究員。東北大学大学院化学工学専攻修了、博士(工学)。専門は、バイオエタノールからのプロピレン変換技術。プロピレン合成用触媒の反応ならびに活性劣化の速度論に関する研究。
第5章
国岡正雄(くにおか・まさお)産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 循環型高分子グループ グループ長。東京工業大学化学環境工学専攻修了、博士(工学)。専門は、生分解高分子の生分解評価。バイオマス由来プラスチックの合成。バイオマス度の評価。
長畑律子(ながはた・りつこ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 循環型高分子グループ 主任研究員。筑波大学自然学類卒業。博士(工学)。専門はマイクロ波合成化学、高分子化学、質量分析学。
竹内和彦(たけうち・かずひこ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 循環型高分子グループ 主任研究員。東京大学大学院工学系研究科修了、工学博士。専門はマイクロ波化学、高分子化学、触媒化学。
大内秋比古(おおうち・あきひこ)産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 循環型高分子グループ主任研究員。東北大学大学院理学研究科退学。理学博士。専門は有機光化学とその利用。
第6章
中山敦好(なかやま・あつよし) 産業技術総合研究所 関西産学官連携センター バイオベースポリマー連携研究体 連携研究体体長。大阪大学工学部応用精密化学科卒業。大阪大学工学博士。専門は、高分子化学、生分解性プラスチックやバイオベースプラスチックの合成とその評価に関する研究。
第7章
韓立彪(かん・りつぴょう) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 精密有機反応制御第二グループ グループ長。大阪大学工学研究科精密化学専攻後期課程修了、工学博士。専門は、ヘテロ原子化学、触媒化学。
第8章
坂倉俊康(さかくら・としやす) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 分子触媒グループ 主任研究員。筑波大学大学院数理物質科学研究科教授(連携)。東京大学理学系大学院修士課程修了、理学博士。専門は、有機合成、特に分子触媒を用いる低環境負荷型有機合成プロセスの開発。
第9章
藤田賢一(ふじた・けんいち) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 分子触媒グループ 主任研究員。東京大学大学院理学系研究科化学専攻修了、博士(理学)。専門は、有機化学、有機合成化学。
第10章
竹中康将(たけなか・やすまさ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 分子触媒グループ 研究員。東京工業大学大学院 総合理工学研究科 物質電子化学専攻 博士後期課程修了、工学博士。専門は、環境調和型有機合成反応の開発、ナノ空孔反応場と分子触媒の協働作用技術の開発、新規な金属触媒の合成と新しい触媒反応の探索。
第11章
田村正則(たむら・まさのり) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 フッ素化合物グループ グループ長。東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了、博士(工学)。専門は、有機フッ素化学、特にフッ素化合物合成。
徳橋和明(とくはし・かずあき) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 フッ素化合物グループ 主任研究員。室蘭工業大学大学院化学工学専攻修士課程修了。専門は、フッ素化合物等の環境影響評価・燃焼性評価。
第12章
蛯名武雄(えびな・たけお) 産業技術総合研究所 コンパクト化学プロセス研究センター 材料プロセッシングチーム 研究チーム長。東北大学大学院工学研究科化学工学専攻修了、博士(工学)。専門は、粘土に関する基礎から応用にわたる研究。特に粘土を主成分とする膜の開発を多くの民間企業と精力的に進めている。
第13章
原重樹(はら・しげき) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 膜分離プロセスグループ グループ長。東京大学大学院工学系研究科材料学専攻博士課程修了、工学博士。専門は、水素透過性金属膜の材料と利用技術に関わる研究。
原谷賢治(はらや・けんじ) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 研究副部門長。東京教育大学大学院農学研究科修士課程修了。東京大学工学博士。専門は、膜分離工学、特にガス分離膜の開発とプロセス化に関する研究。
吉宗美紀(よしむね・みき) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 膜分離プロセスグループ 研究員。北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了、地球環境科学博士。専門は、無機系材料を用いた分離膜に関する研究。
池上徹(いけがみ・とおる) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 バイオケミカルグループ 主任研究員。九州大学大学院農学研究科食糧化学工学専攻博士課程修了、農学博士。専門は、バイオアルコールの生産とその膜分離技術に関する研究。
第14章
佐藤剛一(さとう・こういち)産業技術総合研究所 コンパクト化学プロセス研究センター 主任研究員。筑波大学大学院工学研究科物質工学専攻修了、博士(工学)。専門は触媒化学、特にゼオライト触媒とメンブレンリアクター。
第15章
遠藤明(えんどう・あきら) 産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 化学システムグループ グループ長。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。専門は、化学工学、環境・エネルギー材料、特に多孔質材料と吸着現象。
第16章
川波肇(かわなみ・はじめ) 産業技術総合研究所 コンパクト化学プロセス研究センター コンパクトシステムエンジニアリングチーム 主任研究員。東北大学大学院理学研究科(博士課程)化学第ニ専攻修了、博士(理学)。専門は、高温高圧有機合成化学。特に、水と二酸化炭素を用いる環境調和型有機合成・反応に関する研究。
■目次
きちんとわかる環境共生化学――グリーン・サステイナブル ケミストリー 目次
はじめに――持続可能な社会の化学技術――御園生 誠 13
第1部 新しい化学の道を開拓する
――語り手:中岩 勝、島田広道、
佐藤一彦、今 喜裕、富永健一、
藤谷忠博、高橋 厚、
榊 啓二、森田友岳、中山敦好、
国岡正雄、韓 立彪、坂倉俊康、
藤田賢一、竹中康将、田村正則、
徳橋和明、赤井智子、蛯名武雄、
原谷賢治、原 重樹、佐藤剛一、
遠藤 明、川波 肇
聞き手:福田恭子
01 化学技術で何ができる? 30
02 日本のGSC 36
03 過酸化水素による環境にやさしい酸化技術 40
04 循環型社会への原料転換によるGSC 50
05 エタノールから低級オレフィン 57
06 バイオリファイナリー技術 63
07 バイオベースエンジニアリングプラスチック 68
08 バイオで作る循環型プラスチック 77
09 有機材料の環境対応型難燃化技術の開発 88
10 有機合成の効率化 92
11 GSCに基づいたフッ素化合物開発 100
12 環境にやさしい高機能ガラス 106
13 エコガスバリアー膜クレーストの開発 113
14 膜を用いた分離技術 125
15 パラジウム膜による水素分離と水素化反応 130
16 多孔質材料と吸着で省エネ化学システム 137
17 高温高圧水を利用して有機合成 144
新しい化学につくりかえる 152
第2部 GSC研究開発の最前線
産総研のGSC(環境共生化学)開発 157
「省エネルギー技術戦略」/GSC技術戦略/産総研のGSC
第1章 過酸化水素を用いたクリーンな酸化技術 165
過酸化水素は理想的な酸化剤/酸化反応とGSC/過酸化水素の酸化力を向上
過酸化水素を用いるアルコールの酸化
過酸化水素で、アリルアルコールから不飽和カルボニル化合物への選択酸化
過酸化水素を用いるオレフィンのエポキシ化/シクロヘキセンやシクロヘキサノール
シクロヘキサノンの直接酸化によるアジピン酸の合成
過酸化水素を用いるオレフィンのジオール化
過酸化水素酸化技術を用いる革新的絶縁材料の開発/化学が担う技術革新
第2章 循環型原料への転換によるGSC 185
二酸化炭素利用反応による原料転換/二酸化炭素からの化学合成
二酸化炭素からヒドロホルミル化反応/金属錯体触媒の問題を解決したイオン液体
二酸化炭素研究の歴史/バイオマス利用反応による原料転換/トップ12
注目されるレブリン酸/レブリン酸の効率的合成法/重要度を増す触媒技術
第3章 バイオリファイナリー技術 201
バイオリファイナリーとは/バイオリファイナリーの問題点
バイオリファイナリーで何を作るのか/産総研での取り組み/界面活性剤
微生物のつくる界面活性剤 “バイオサーファクタント”
バイオサーファクタントへの期待/グリセリンの有効利用
機能性を持った有機酸“D-グリセリン酸”/D-グリセリン酸生産プロセスの開発
グリセリン酸を含む新規高分子の開発/D-グリセリン酸への期待
バイオリファイナリーにおける技術開発
第4章 バイオリファイナリー技術――低級オレフィンへの変換技術 217
なぜバイオリファイナリーなのか/バイオリファイナリーの概要
ポリプロピレン/技術的な課題/高性能触媒開発の研究
8員環ゼオライト/10員環ゼオライト/酸量と酸強度の最適化
メゾ多孔体系触媒/プロピレン生成反応機構
第5章 バイオから作る循環型高分子 233
バイオプラスチックとは/バイオマスプラスチックの識別方法
バイオプラスチックの省エネ合成/化学合成法の効率を高める
マイクロ波を用いた効率的な重合反応技術 240
ポリエステル合成
セルロース資源の環境調和型利用プロセス 244
セルロースを対象とする光プロセス/セルロース資源のリサイクル
第6章 バイオベースのエンジニアリングプラスチック 249
バイオマス原料からエンプラを/バイオベースのポリアミド4
ポリアミド4の合成/ポリアミド4の物性
ポリアミド4の生分解性/ポリアミド4の今後の見通し
その他の高性能バイオベース材料/バイオマス材料化の意義
第7章 有機材料の環境対応型難燃化技術の開発 261
リン系難燃剤/ビニルリン化合物の高効率製造法の開発
炭素――炭素不飽和結合の触媒的ヒドロホスホリル化
実用的触媒プロセスの開発/ホスフィンフリー触媒
難燃性含リン高分子の合成/低含リンポリマーの合成法の開発と耐燃性
新技術と既存技術の比較
第8章 有機溶剤の代替やプラスチック原料としての二酸化炭素 275
二酸化炭素って何?/二酸化炭素を利用する有機合成
二酸化炭素を原料としてどんなものができるか
超臨界二酸化炭素への期待
第9章 ポリマー固定型の試薬や触媒 283
ポリマー固定化の特長/セレン試薬のポリマー固定化
固相上での有機合成/ポリマーの反応場としての利用
触媒のポリマー固定化
第10章 水素化による高選択的な有機ヒドロキシルアミン合成 293
化学量論反応から触媒反応へ/有機ヒドロキシルアミン類
従来の合成法/水素によるニトロ化合物の部分還元法
水素化による高選択的な芳香族ヒドロキシルアミン合成
アミノ基固定化白金触媒の開発/今後の課題
第11章 GSCに基づいたフッ素化合物開発 305
フッ素化合物の開発について
工業用洗浄剤の開発――これまでの工業用洗浄剤と、新しい洗浄剤開発の方針
含フッ素四員環化合物の合成――合成の効率化をめざして
環境影響評価――大気寿命の推算/燃焼性の評価――燃焼限界と燃焼速度
特性の評価――物性の測定と洗浄試験/フッ素化合物の特性を活かして
第12章 粘土膜クレーストの開発と応用 323
粘土の膜は「地球の膜」/食べられる?機能材料
低環境負荷プロセスに寄与/@安心・安全ガスケット
A太陽電池バックシート/B水素タンクガスバリア層
C次世代技術/動き出す「粘土イノベーション」
第13章 膜を用いた分離技術 337
分離膜とは
膜を使い、希薄なバイオエタノールを燃料や化学品原料へ 339
バイオエタノールへの期待/エタノールが選択透過するシリカライト膜
シリカライト膜に残された課題
分子ふるい炭素膜で小さな分子を分ける 346
分子ふるい炭素膜とは/実用型分子ふるい炭素膜の開発
分子ふるい炭素膜の分離性能/分子ふるい炭素膜の実用化に向けて
原子ふるい金属膜で高純度水素を作る 353
水素だけを透過させる究極のふるい/パラジウム膜の薄膜化
パラジウムを用いない金属膜の開発
第14章 パラジウム膜による水素分離と化学反応への応用 359
触媒反応と化学プロセスの効率化/パラジウム膜と水素分離
膜型反応器(メンブレンリアクター)
パラジウムメンブレンリアクターによる新規化学プロセスの開発
膜反応器の問題点とマイクロメンブレンリアクター
膜反応器と分散型製造プロセス
第15章 吸着と省エネルギー 377
いろいろな吸着/吸着ヒートポンプ、デシカント空調の原理
どのような吸着剤が望ましいか?/メソポーラスシリカの水蒸気吸着特性
メソポーラスシリカの新しい合成方法/メソポーラスシリカの水蒸気耐久性の向上
省エネルギー型吸着システムへの展開/最近の展開と今後の課題
第16章 高温高圧水を利用する有機合成 399
水を利用する有機合成/高温高圧水とは?
高温高圧水中でのベックマン転位反応/ポリエステル系高分子材料の分解
高温高圧水+マイクロリアクターの特徴
高温高圧水+マイクロリアクターの特徴を利用したベックマン転位反応
新方式の特徴を利用した有機反応――クライゼン転位反応
アシル化/芳香族化合物のニトロ化(ハードとソフトの融合)
希硝酸によるニトロ化とハードの開発/今後の展開
著者紹介 419
参考文献 433
まえがき
はじめに――持続可能な社会の化学技術
環境共生化学=グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)
化学とは「変化の学」つまり、多様な物質を変換して物質の新しい多彩な機能を作り出していくサイエンスであり、テクノロジーである。化学は学問として重要であるだけではなく、産業として見ても、化学産業は経済社会の発展の原動力となってきた。ところが、二〇世紀の後半以降、化学と化学技術は徐々に見直しを迫られた。とくに公害問題が起こり石油危機に見舞われてからがそうである。幸い多くの努力の結果、これらは克服できたと思う。しかし、人類はいま、多くの困難な問題を抱えながら新しい時代の幕開けに直面し、さらに大きなチャレンジをしようとしている。人間社会を豊かにすると同時に、その「持続性」への貢献が求められるようになった。そこでは、新時代にふさわしいエネルギー、材料、製品、プロセス、システムの創出が不可欠である。まさに化学技術の出番である。
グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)とは、一言でいうと「持続可能な社会の化学技術」である。経済産業省では「環境共生化学」という日本語をあてているが、一般の人には、この言葉の方が直観的に理解しやすいかもしれない。いま「持続性」が生活でも技術でも産業でも、あらゆる局面で要求されているが、それに対する化学者・化学技術者サイドからの答えがGSCといえる。
作られたモノ自身の環境負荷が小さく、安全であるということと同時に、モノを作る段階で環境汚染物質が出ないような方法で作るのもその一つである。
つまり、製品やプロセスを開発する際に、そのライフサイクルを考え、それらがもたらす環境負荷を最少にするように設計してから開発にとりかかる。事後的に環境負荷物質を処理したり無害化したりするのではなく、事前の対策を重視する。たとえて言えば、「治療」より有効な「予防」的対策の方を重視しているわけだ。これがGSCのベースにはある考え方である。
もちろん、その結果として地球温暖化を抑制し、低炭素社会を実現することは、GSCの重要な目標である。
グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)の源流
グリーン・サステイナブル ケミストリーという言葉には、二つの源流がある。サステイナブルとは、社会の持続性のことである。
一つの源流は、アメリカ起源の「グリーンケミストリー(GC)」である。
グリーンケミストリーは、アメリカの環境保護庁(EPA)にいた化学者ポール・アナスタスが一九九〇年代の初めに、クリントン政権の副大統領就任前のアル・ゴア氏の依頼を受けて考えたコンセプトだといわれる。アナスタスがヒントにしたのは、製品の品質・安全管理の考え方である。製品が出来てからチェックするのでなく、上流の作る段階でプロセスをきちんとコントロールすることで、製品の安全性・品質が保証される。それと同様に、化学製品分野でも、排出された汚染物質をコントロールするのでなくて、作る過程をコントロールする方が合理的だという提案をした。
そのコンセプトに基づき、アメリカでグリーンケミストリーという言葉が使われ出したのが、一九九四、五年頃である。GC研究推進の法律も出来ている。
もう一つの源流は、同じ頃からヨーロッパの化学工業界を中心に進められている「サステイナブルケミストリー」である。
ヨーロッパのサステイナブルケミストリーは、サステイナブルテクノロジーの枠組みの中にある。アメリカ、イギリスのグリーンケミストリーがサイエンスないしは研究を重視しているのに対し、こちらには、化学産業がサステイナブルになるように、という意味合いが込められている。
日本では、後述するように、もともと公害問題の克服など、「環境にやさしいものづくりの化学」の優れた実績が積み重ねられていて、実はアメリカで「グリーンケミストリー」の言葉が生まれるよりもはるか以前からしっかりした実体があった。
そこへ、アメリカ、ヨーロッパから、「グリーンケミストリー」「サステイナブルケミストリー」という言葉が、いわば「逆輸入」のような形で入ってきた。日本でも、それを機会に、国際協調の下、全国的組織を設立しようという機運が盛り上がった。そこであらためて、それまで日本がやってきたことを含めて再定義する言葉として、「グリーン」を採用するか「サステイナブル」を採用するか、という大議論があった。一九九九年に、日本化学会にグリーンケミストリー研究会が発足し、他の学会でも同様な動きがあったのだが、結局、「グリーン」も「サステイナブル」もそれぞれに意味があるとして、両者を足し合わせることになり、二〇〇〇年に産官学連携で「グリーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク(GSCN)」が設立された(右ページの図、第一部の「02日本のGSC」を参照)。
日本は、サイエンスとともにテクノロジーを重視し、環境負荷の低減に役に立つという実社会への出口が見えるかどうかを重要視している。そうした特色があるので、アメリカ、ヨーロッパと同じ名前にしなかったのはよかったのではないかと思う。以来、日本ではGSCの名のもとに国際会議や国内のシンポジウムを毎年開催し、GSC賞、大臣賞も出されている。
欧米より一〇年?二〇年先を行く日本のGCS
海外でグリーンケミストリー、GSCについて話す機会があるが、そのときには、「あなたがたが提唱したグリーン(サステイナブル)ケミストリーの名のもとに私たちは協力しているけれど、日本は早くから環境意識が高く、同じ趣旨の活動をずっと前からやっていて優れた実績が多いことを認識していただきたい」と言うことにしている。例えば、一九八〇年代半ばに、アメリカで行われた触媒技術をテーマにした大規模なパネル討論で、私が「これからは環境への負荷を減らす触媒技術が大事だ」と主張したが、その会場ではほとんど反応がなかった。ところがそれから数年後に、先に述べたように「グリーンケミストリー」という言葉がアメリカから唐突に出て非常に驚いた覚えがある。
私自身のもともとの専門は触媒化学であり、ちょうど高度成長期、石油化学工業が花形の時代に東大工学部で研究生活を送った。当時、触媒研究は石油化学の要であり、一時のライフサイエンスと同じくらいの勢いがあった。
しかし、高度成長期の後期には、公害が大きな社会問題となり、化学産業への逆風が吹き始めた。その後、一九七〇年代には石油危機が起き、「脱石油」ということが言われるようになった。さらに、自動車の排ガスもだんだんと大きな社会問題となっていった。
人間社会を豊かにする化学の重要性はいうまでもないが、それを十分に注意深く使っていなかったということである。この問題の解決には多くの関係者が苦労を重ねた。しかし、日本は公害問題を克服し、車の排ガス規制を克服し、技術開発という意味でも、社会とのよりよい関係構築という意味でも、欧米よりは少なくとも一〇年は先を行っていたと思う。
この意味で、「グリーンケミストリー(GC)以前のGC」ということで、私がよく例に挙げるのは、紙・パルプ産業の例と、イオン交換膜による食塩電解の例である。
現産総研の中西準子氏の調査によれば、一九七〇年?一九九〇年で、日本の紙・パルプ産業は、川に排出するBOD(微生物により酸化される際に消費される酸素量。有機系排出物と考えてよい)を劇的に減らしている。
一九七〇年当時は、産業界が一年間に川に排出するBODが、三〇〇万トンと、家庭から出るBOD(七五万トン)より圧倒的に大きかった。その三〇〇万トンのうちの半分が、紙・パルプ産業からのものであった。しかし、二〇年間で、産業界からのBODは二〇万トンへと劇的に減った(他方、家庭からのBODは五八万トンと微減)。
紙・パルプ産業のBODも激減した。この減少分のうち、廃液処理など後処理で減った分は一部であり、大部分は、プロセス転換(亜硫酸パルプ法からクラフトパルプ法へ)と原料転換(古紙を原料に加えた)によるものであった。出たものを処理するのでなく、出ないような作り方に換える。これがまさに、グリーンケミストリーである(『持続可能社会へ向けた温暖化と資源問題の現実的解法』御園生誠著、丸善、二〇〇八年、一四九ページ)。
もう一つは、食塩電解のプロセス転換の例である。食塩水を電気分解して、塩素と水素と苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を取り出す技術は、化学産業の基幹プロセスだが、かつての主流は、電極の一方に水銀を使う水銀法だった。しかし日本では、一九七三年に、水俣病問題で、当時の中曽根康弘通産大臣(田中内閣)が「日本は水銀を使わない」方法に転換する方針を打ち出した。これを機に、水銀法からイオン交換膜法への転換が始まった。イオン交換膜法は、二つの電極の間にイオン交換膜をはさんで、塩素、水素と苛性ソーダを分離して製造する。
当時の技術は、経済性も悪いしエネルギー効率も悪く、当事者は相当苦労したが、今はエネルギー効率も経済性も、水銀を使った電解より良くなっている。これらは、グリーンケミストリーという言葉ができる前の、日本が世界に誇れるグリーンな化学技術である。
日本はもうすべてイオン交換膜法へ転換した。欧米の各国でもイオン交換膜法を採用するようになって、いまは約半分が転換している。
「作り方」から「作るモノ」へ
グリーンケミストリーは、これまで、「作り方」(プロセス)に重点があった。
作り方に関して、R・A・シェルドン(オランダのデルフト工科大名誉教授)が提案したE - ファクターという指標がある。合成プロセスにおいて、目的生成物とそれ以外の生成物(副生成物)との割合(重量比)である。ここでいう副生成物というのは、必ずしも廃棄物ということではなく、目的とする生成物以外のすべてを指す。化学反応式に出てくる物もあれば、出てこない物もある。実は、溶媒や、いろいろな添加物には、反応式には出てこないものが多い。そういうものを全部含めると、目的生成物以外に多量の副生成物が排出されていることになる。溶媒は実際には回収してまた使うのだが、分離して精製するのにエネルギーを大量に使う。廃棄物とはいえないけれど、厄介物であり、使用量は少ない方が良い。
このE - ファクター(副生成物/主生成物)で見ると、石油精製の場合は、副生成物が一割くらいである。エチレン、ベンゼンといった基礎化学品は、五分五分。ファインケミカルになると、副製品の方が一〇倍くらい。医薬品や、液晶のような電子・光関係の高付加価値製品になると、副生成物の方が一〇〇倍くらいになる。当初は、液晶は副産物が一〇〇〇倍くらい出ていたといわれるが、プロセスが改善されたので、一〇〇倍くらいになっているそうだ。高付加価値のものになればなるほど、副生成物が劇的に増えてくるという状況がある 。
このE - ファクターの考え方は、広く理解されるようになり、成果も上がっている。それ自体は良かったのだが、ただ、それが独り歩きするようになり、「とにかく廃棄物さえ減らせばいいんだ」ということに矮小化される傾向が目につくようになった。
E - ファクターの考え方の成功例に、例えば、ドイツのBASF社のイブプロフェンという風邪薬の合成がある。もともとは多段階の合成プロセスを経ていて、そのたびごとに大量の溶媒とともに無機試薬を使い、硫酸アンモニウムや塩化カルシウムなどを大量に排出していた。それを、触媒を使って非常に簡単な合成ステップにし、廃棄物が大幅に減った。このようなGSCの成功例があるので、いまでもGSCというと廃棄物を減らすことだけだと思っている人も少なくない。
それゆえ、最近では、「E - ファクターを減らすだけではいけない」というのが、GSCの共通の認識になっている。具体的には、E - ファクターを二つの面から超えようとしている。
まず第一に、「量」の問題だけでなく、「質」も含めよう、ということがある。廃棄物の量を減らせばいいというだけではなく、途中で使う物や生成してくる物の有害性、安全性の問題、つまり「質」も含めようという考え方である。
もう一つは、「どう作るか」だけでなくて「何を作るか」が大事だということである。生活を豊かにする物、あるいは、快適にする物を作る。それを、エネルギーをなるべく使わず、資源を効率的に使って作る。製品も廃棄物も、量だけでなく質も勘案して、環境への悪影響を最小化する。これらが、これからのターゲットであり、「less negative(マイナスを減らそう)だけでなく、more positiveやmore comfortable」、「How to make(作り方)だけでなくてWhat to make(作る物)」、がGSCの新しい合言葉になりつつある。
地球温暖化対策とGSC
持続可能な社会をめざすGSCは、当然、地球温暖化対策も重要な目標となる。鳩山首相が、「二〇二〇年までにCO2を二五%削減(一九九〇年比)する」という目標を打ち出したが、実は日本の化学産業は温室効果ガスの削減では優等生である。一九九〇年代以降、エネルギー消費量は約三〇%増加したが、代替フロンなどの大幅削減により、温室効果ガス全体としては、一九九〇年比で一五%の削減を達成してきている。このような産業分野は他にないのではないか。
化学産業での温室効果ガス削減は、化学製品の製造プロセスにおけるエネルギー消費削減に加え、新たな化学製品の間接的効果により、省エネルギー(〜二酸化炭素の排出削減)をはかるという手法がある。例えば、断熱効果の高い塩化ビニル樹脂製のサッシに複層ガラスを用いれば、住宅の省エネ化をはかることができる。冷暖房費も節減できる。その上、冷え冷えした窓際が解消し、室内空間の快適性が格段に増す。このように、「作り方」のみならず「作る物」に化学の知恵が求められているものが多いのである。
最近、日米欧の化学工業協会が協力して、化学産業と化学製品が発生あるいは削減する温室効果ガスのライフサイクルアセスメントを実施し、その結果を報告している。これによると、化学品を製造する際に排出される二酸化炭素量の二?三倍の二酸化炭素が、化学製品を使うことによって削減されている。とくに前記の断熱材や農業生産性を高める肥料・農薬の寄与が大きい。
真理は細部に宿る
これからのGSCを考えるときに、考慮しなければいけないのは、環境負荷とともに経済性である。環境の維持改善と国際競争力(国力)の強化の二つを両立させることである。
例えば、BASF社による、藍染め染料のインジゴの合成に関する次のような調査結果がある。同社が、インジゴの製造法ごとに環境負荷と経済性を比較評価してみたところ、最も環境に悪くて、いちばん経済性が低いのが天然原料からの合成であることがわかった。天然原料からインジゴを製造する場合には、副生成物が大量に出る。一方、電気化学法または溶液法によるインジゴ合成は、経済性が高く環境負荷が低い、つまり、環境負荷と経済性の両面で決まる「エコ効率」がもっとも優れていることがわかった(『持続可能社会へ向けた温暖化と資源問題の現実的解法』御園生誠著、丸善、二〇〇八年、一〇〇ページ)。
このように化学合成がエコ効率的な場合もあれば、天然原料を用いた方がエコ効率的な場合もある。要はケース・バイ・ケースということである。バイオが注目されているが、「バイオ=環境にやさしい」と短絡するのではなく、バイオは、バイオを生かしたよりよい使い道をケースバイケースに考え、その製造プロセスをよりきれいなものにしていくことが大事である。
日本のGSCの成功例としては、先に、「GC以前のGC」として、紙・パルプ産業の例と、食塩電解のイオン交換膜法への転換の例を挙げた。また、世界での成功例として、BASF社の風邪薬イブプロフェンの例を挙げた。
最近、世界的な関心が集まっているGSCには、例えば、ポリマーや接着剤の原料であるプロピレンオキシドの新合成プロセスの事例がある。欧米の化学企業が共同でベルギーに大規模なプラントを建設中だが、過酸化水素(H2O2)を水素と酸素から作る前工程と、プロピレンオキサイドを過酸化水素を使って作る後工程からなる。その双方ともが新しいクリーンなプロセスである。後工程は完成したばかりの技術である。前工程が成功し、このプラントが一貫して稼働すれば、かなりインパクトのある実用化例になるはずだ。
実は、環境負荷の小さい合成プロセスの開発は、日本が最も得意とする分野であり、ナイロン原料の合成、酢酸エチルの合成、ポリカーボネートの製造、テトラヒドロフランの重合など、最近も多くの優れた成功例がある。前記のプロピレンオキシド合成でも日本独自の優れた技術が開発されている。これらは、いずれもGSC賞、大臣賞を受賞している。
日本の役割
環境にやさしい化学プロセスを用いて、生活を快適にする環境にやさしい化学製品を製造し、社会に供給することが化学産業の役割であり、それを支えるのがGSCである。したがって、GSCが化学技術の大きな世界潮流となっているのは、いわば必然であり今後その傾向はさらに強まるといえよう。
この分野で日本はいま、欧米との激しい研究開発競争をくり広げている。しかし、既に述べたように、日本のGSCは欧米より一〇年から二〇年先行して始まり、環境に配慮した化学技術に関して日本は多くの経験と実績を持っている。
これまでは、化学合成プロセスについての実績が多かったが、環境にやさしい製品分野でも、多くの成果が見られるようになった。例えば、長寿命エコ住宅用の建設資材(樹脂サッシや断熱材)、日常生活における快適エコ製品(高吸水性樹脂の発明)が良い例である。身のまわりの随所で新エコ製品が待たれている。合成プロセスで先行して実績を上げた日本の化学技術が、新エコ製品でも先進的な成果を上げることを期待したい。ただし、本当に環境に優しいか快適化に貢献するかの評価はきちんとする必要がある。
もう一度確認するが、「マイナスを減らす」だけでなく、「より積極的で、より快適な製品」を、「作り方」だけでなく「作る物」として革新すること、それがGSCの新しい合言葉なのである。
日本人は環境や生活に対してすぐれた感性をもっていると私は思う。この感性を大切にして、ここで述べたような経験と実績を活かして、二一世紀にふさわしい、省エネルギー、省資源で、新時代の新しいライフスタイルに適い低炭素社会を支える優れた化学技術を創造していくこと、それが日本の化学者、化学技術者に課せられた使命であろう。
基礎および応用の研究からさらに実用の技術まで幅広い守備範囲を持ち、多くの人材を抱えている産総研に寄せられる期待は非常に大きいものがある。以下、産総研の研究者の肉声および研究成果を通して、日本でのGCSの最新動向をご覧いただきたい。GSCの最前線とともに、化学、化学技術の近未来像がはっきりと見えてくるであろう。
二〇一〇年二月
御園生誠
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