物の理(もの の ことわり)

●桜井邦朋 著 ●定価(本体1800円+税)  

物理学の新しい入門書


あらゆる科学の基礎の基礎、それが物理学。
物理学を知るうえで、もっとも大切な考え方と
それらの関係を、必要かつ十分に解説する。



桜井邦朋 著   著者紹介
物の理(もの の ことわり)   プロローグ
     目次
     あとがき
     Amazon

物理学の新しい入門書
あらゆる科学の基礎の基礎、それが物理学。
物理学を知るうえで、もっとも大切な考え方と
それらの関係を、必要かつ十分に解説する。



  • 四六判 上製
  • 224ページ
  • 定価(本体1800円+税)

  • ■著者紹介

    桜井邦朋(さくらい くにとも)

    前・神奈川大学学長(1997―2000)。現在は神奈川大学工学部教授。 1933年生まれ、理学博士。1956年に京都大学理学部を卒業し、 地球磁気学および太陽地球系物理学を専攻。 1965年に京都大学工学部助教授。その後渡米し、 NASAゴダード宇宙飛行センター、メリーランド大学教授を経て、 1976年に神奈川大学工学部教授に就任した。 宇宙線や太陽物理学の理論研究の第一人者。 ニューヨーク科学アカデミー会員。 アラバマ州ハンツビル名誉市民。 横浜市民プラザ副会長、横浜学術教育振興財団評議員。


    ■目次




    プロローグ――自然現象をいかに探るか――7
    第一章 なぜ原子や分子は目に見えないか?――9
     ものが見える仕組み――10  光の色――11  網膜上での反応――14  網膜上の細胞で何が起こっているか――17  針の先端の原子――19  運動量を捕らえることができるか――23  反跳による不確定さ――25  それでも「見える」仕組みは複雑――26  作用と反作用――27  原子や分子の概念――歴史的に見る――32 第二章 物理量という概念――自然界を成り立たせているもの――37
     物理量とは何か――38  物理量の次元と単位系――47  物理定数の役割――50 第三章 空間と時間――物理学の枠組みとその構造――55
     座標系という枠組み――左手系・右手系――56  時間の概念と四次元世界――60  物理法則と対称性――64 第四章 分子の実在――ブラウン運動とは何か――69
     ブラウン運動の発見――72  何が原因か――75  分子の実在の証拠――77 第五章 ゆらぎの世界――熱エネルギーの概念と永久運動――81
     熱運動とは何か――ブラウン運動との関わり――83  ゆらぎの現象と永久運動――89  マクロに見た温度の概念――92 第六章 時間の矢――自然現象の非可逆性――95
     ブラウン運動の非可逆性――96  拡散現象と時間との関わり――98  自然現象の発展と時間の矢――102 第七章 エネルギーの概念――物理現象における保存量――105
     保存量と保存則――107  物理現象の中の保存量――114  エネルギーとエントロピー――119 第八章 物質の究極構造――無限分割は可能か――123
     一九世紀末の物理学――124  原子や分子は究極の存在か――126  物質の構造に見られる階層性――129  究極構造を探る――136 第九章 実験と観測――物理現象を捕まえる――141
     物理現象を見る方法――143  実験と観測の技術――146  実験と理論との間――153 第一〇章 物質間の相互作用――何が媒介するか――161
     物理法則の構造――163  相互作用の概念――166  究極の相互作用――170 第一一章 物理学の言葉と物の理――177
     宇宙――179  時間――180  時空間――183  質量――184  力、加速度、ベクトル量――186  言語と物の理――189 エピローグ――物理学とは何か――193
    あとがきにかえて――二〇〇二年のノーベル賞をめぐって――199
    付録T 基本物理定数表――212
    付録U 物理量の基本単位――211 
    索引――219




    ■プロローグ



    プロローグ――自然現象をいかに探るか  自然科学とは、自然界で起こるさまざまな現象の謎をさぐる学問である。
    私たちのまわりの自然を形作っているのは、大きく、非生命的なものと生命の二つに
    分けることができるが、物理学は、このうち、非生命的な現象について観察・研究し、
    これらの現象の成り立ちとその理由について明らかにしようとする。
     物理学は、その言葉の通り、非生命的な自然現象の成り立ちとその理由を、
    物の理(道理)にしたがって解き明かそうとする学問である。
    その物理学の最も大切な特徴は何かといえば、それは、得られた成果が、
    一連の物理法則として簡潔な形にまとめられて表現されるところにある。
    さらに注目すべきことは、研究の深化とともに、これらの法則も時代とともに
    内容が変わっていくことである。
     物理学の研究対象は、私たちの身のまわりのすべて、つまり星・太陽・地球などから、
    空気・石・金属・ミクロな粒子などの物質、さらには光・電波・電気・磁気・時間といった
    非物質的なものまで、非生命的な現象ならどのようなものでもよい。
    そうした自然現象を貫いて成り立っている「物理法則」の究明を通じて、
    この学問は構築され、積み上げられていく。それゆえ、法則自体はもちろん、
    それに関わって作り上げられた理論や研究のための方法もまた、
    研究対象すべてに対して適用できることになる。
    こんなわけで、物理学は、自然科学の他のいろいろな分野の学問と比べると、
    最も普遍的なものだと言ってよいのである。
     最近では、物理学の研究対象は、非生命的な現象に限らず生命現象にまで
    広がってきた。原子と呼ばれる粒子が電気力によって結合してタンパク質や核酸と
    呼ばれる「分子」を作り、それらの非生命的な物質群が、
    生命現象において基本的な役割を果たしていることがわかってきたからである。
     本書では、物理学を成り立たせている物質の究極構造と、
    それらが織りなすいろいろな現象を貫徹している基本的な性質を解き明かしていく。
    物理学全般にわたる議論を展開するのではなく、物理学の理解にとって
    最も重要と考えられることがらについて、絞り込んで紹介する。
    これによって、物理学という学問の全体像とともに、
    現代物理学がどのような学問であるか、最も重要な考え方のポイントが
    わかるはずである。

    ■あとがき



     あとがきにかえて――二〇〇二年のノーベル賞をめぐって


     この本の最終校正をしていたときに、二〇〇二年のノーベル物理学賞発表のニュースを
    ラジオで聴いた。授賞の対象は宇宙物理学に関係した分野で、
    天体ニュートリノと宇宙放射X線の研究に対し、三人の方がこのたびの受賞となった。
    この本で書いたことがらとの関わりもあるので、これら三人の業績と個人的な想い出などについて、
    ぜひ書き記しておきたい。
     天体ニュートリノの研究でこのたびの物理学賞に輝いたレイ・デーヴィス博士と
    小柴昌俊博士のお二人には、個人的な想い出が私にはある。
     デーヴィス博士は、一九五〇年代半ばに、太陽の中心部から外部の空間に向かって
    放射されている電子ニュートリノを実験的に地球で捕まえる研究を始めた。
    太陽のエネルギー源と推測されている熱核融合反応、具体的には陽子四個が
    順に融合してヘリウム核一個が創生される陽子・陽子連鎖反応が、
    実際に起こっているかどうかを確かめるために、この反応の副産物として創り出される
    電子ニュートリノが地球に毎秒到来する数を測定して、
    これを検証しようという壮大な試みに挑戦したのである。
    電子ニュートリノの測定装置は、アメリカのサウスダコタ州リードの近くにある
    ホームステイク金鉱の地下一五〇〇メートルも下りたところに設置された。
     一九六〇年代半ばすぎから、信頼しうるデータが得られるようになり、
    一時の中断はあったが現在に至るまで、この観測事業は継続されている。
    ごく最近になって、ここに巨大な地下研究施設を建設して、天体ニュートリノほかの
    宇宙物理学研究に利用しようという提案がなされ、実現に向かって動き始めている。
    この事業には、彼の研究成果が反映しているものと思われる。
     デーヴィス博士と私が初めて手紙を交わしたのは、『太陽ニュートリノの謎』
    (講談社ブルーバックス、一九七七年刊)の執筆に当たって、
    ホームステイクに設置された装置のカラー写真を本の巻頭に使いたいので、
    適当な写真を頒けてもらえないかと問い合わせたことからであった。
    私の願いを快く聞き届けてくれ、何枚かのカラー写真とスライド一組とを
    送ってくれた。そして、どのように使ってもよいと許可してくれたのであった。
     カラー写真の一枚が先の本の巻頭を飾っているのは、このように私の厚かましい
    願いを彼が叶えてくれたからであった。当然のことだが、この本は彼の手許にも届けられ、
    たいへん喜んでくれたのはいうまでもない。
     デーヴィス博士に初めて会ったのは、「Ancient Sun」と題して
    一九七九年に開かれた国際会議に出席したときのことである。アメリカの
    コロラド州ボールダーにある国立大気研究センター(NCAR)で開かれた
    この会議に、私は一つ、研究発表したのだが、彼も出席していて、
    太陽ニュートリノについての最新の観測結果を講演の中で紹介した。
    このとき、彼と初めて親しく話すことができた。この年の三月に、
    イギリスの科学論文誌「ネイチャー」に発表された太陽ニュートリノに関する
    私の論文の内容を中心に、議論がはずんだことを思い出す。
     このときの出会い以降、国際会議などいろいろな機会で出会うたびに、
    太陽ニュートリノに関わる話題をめぐって議論するようになった。ある国際会議に
    出席のため来日した折りには、東京・池袋のレストランで二人で食事をした。
    そのときに彼が話してくれたことで、今も忘れずに私の記憶に残っていることがある。
    それは次のようなものであった。
     「誰もが信じないような仕事をすることくらい、やりがいのあるものはない。
    たった一人でも信じてやる。これが私の信条なのだ。」
     太陽から地球に飛来する電子ニュートリノの研究をめぐって、私はデーヴィス博士
    との議論や経験から、彼とその協力者による測定結果は十分に信頼しうるものと
    考えていたが、残念ながら、その結果の信憑性について疑問視する人が
    国の内外ともに多かったのである。しかし、結局は、デーヴィス博士の正しさが
    明らかとなった。その結果、彼らの成果がこのたびのノーベル物理学賞になった
    のだと私は確信している。本当に、こんなに喜ばしく嬉しいことはない。
     我が国の小柴博士が、超新星爆発に伴う電子ニュートリノの検出に関わる業績により、
    同じくノーベル物理学賞を受賞されたのは、本当におめでたいことであった。
    私は小柴博士の弟子でも学生でもないが、いささか因縁めいた先生との出会いが
    私にはある。  そのうちの二つだけ取り上げるが、それは一〇年あまり前に甲南大学で開かれた
    日本物理学会の年会の折りのことであった。宇宙線の起源をめぐって、
    その化学組成から宇宙線の生成機構をさぐる方法に関わる一つの仮説について、
    私は講演した。質疑に入ると、一番前に陣取っていた小柴先生から、
    次のように言われたのである。  「あなたのような人が、このようなことを話すと、若い人たちがみな信用して、
    このことに基づいて勉強するようになる。あとになって間違いだったことが
    わかったときに、どのようにしてあなたは責任をとるのか。」
     この発言に対し、私は、学問研究における仮説の性格や役割とはどのようなものか、
    その検証が研究においていかなる意味を持つのかについて述べ、答えとした。
    このような発言を先生がなされたのは、先生ご自身の経験から、どんなものでも、
    仮説というものの持つ危険性(?)について、十分にお考えになっていたからだと私は推察する。
     このときの言葉のやりとりについては、取材のために、その会場にいた
    毎日新聞社の論説委員が証人としているので、この発言を私が聞き誤ったということはない。
     幸運だったというべきか、宇宙線の起源に関係した私の仮説は、その後、
    多くの人たちの研究において取り上げられるようになった。
    このような事情があったがためと想像するのだが、先頃、『Topics in Cosmic Ray
    Astrophysics』(edited by M. du Vernois, Nova Science, 1999)と題して
    出版された本の一章を分担し、私の仮説から見た宇宙線の起源とそれに関わる
    宇宙線の化学組成の成因について解説する文章を書いた。
     太陽が一種の変光星であることにふれながら、この星の長期、短期の変動性、
    エネルギー源に関わった電子ニュートリノの創生などに関する総合論文を、
    外国の専門誌に書いたときには、その別刷を先生にお届けした。先生は
    その一部を引用して、宇宙科学研究所におけるコロキュームの折りに
    話してくださったが、これも私にとっては嬉しい想い出の一つである。
    このほかにもいろいろあるが、以上で終わりとしたい。
     X線天文学と呼ばれる分野で、このたび受賞したリカルド・ジャコーニ教授については、
    私は全然面識がない。宇宙空間から到来するX線を観測して、宇宙物理学的現象を
    研究しようという試みは、アメリカのマサチューセッツ工科大学にいた
    ブルーノ・ロッシやアメリカ海軍研究所にいたハーバート・フリードマンを中心に、
    一九五〇年代半ばに始められた。当時は、X線を強力に放射する天体が存在するかどうか
    疑問視されていたが、彼らはロケットを大気圏外に打ち上げ、それに搭載した測定器により
    X線を検出し、X線天文学へと発展するきっかけを作った。ジャコーニはロッシたちと
    協力して、この方面の研究に寄与したことが評価されて、受賞となったのであろう。
    残念ながら、ロッシもフリードマンも、すでにこの世にはいないので、
    受賞とはならなかった。現在、ジャコーニは、ボルチモアにあるハッブル宇宙望遠鏡
    研究所長として、観測と研究の指導に当たっている。
     ジャコーニの受賞で想い出すのは、我が国の小田稔先生が、X線天文学の発展に
    果たした役割である。先生はロッシの下でこの方面の研究に入られ、
    X線の点状放射源の特定に欠かせない「すだれコリメーター」と呼ばれる装置を考案された。
    生前の先生にうかがったことだが、小田先生がロッシのいたマサチューセッツ工科大学
    (MIT)に行かれたのは、宇宙線が引き起こす空気シャワーと呼ばれる現象について
    研究するためであった。だが、ロッシはすでに研究の方針を、宇宙線からX線天文学へ
    移しており、先生もそれに従ったというのである。
     このたびのノーベル物理学賞で私が一番嬉しいのは、五〇年にも及ぶ長い
    たゆまぬ研究の成果が高く評価されたレイ・デーヴィス博士の受賞である。
    先に引用した彼の言葉が、その通りに見事に花開いたように感じられるからである。
     「あとがきにかえて」としたのは、あとがきにならないと考えたからだが、
    物理学の研究の歩みにはいろいろなことが起こり、それらすべてを包み込んで、
    進歩の歴史を刻んでいくことをぜひ認識していただきたいと思う。
    この本で語ったことは、物理学という学問はどんなことを目的として研究される
    学問なのかを中心としたものである。とくに、将来ある若い人たちに読んで勉強してもらい、
    このあとがきの中で語った人たちに続こうと心に決め、物理学の研究に人生を賭けて
    いただける人が、一人でも二人でも出てくれれば、これほどの幸いはないと考えながら、
    物理学について語ってみたのである。
     いままでに一人として考えてみたことのない、まったく新しい事実の発見や理論の
    創造の現場に立ち会うという機会は、そうそうあることではない。だが、そのような
    機会の実現をめざして、日夜努力を重ねる、こんなすばらしい人生は他では得られない
    のではないか、と私は言いたいのである。
     当然のことだが、人生は一回限りのもので、私たち一人ひとりにとって、
    繰り返し訪れるものではない。この宇宙の長い長い歴史の中にあって、
    いまというこの時に、私たち一人ひとりは生命を吹き込まれて、生かされているのである。
    この中で、何事かを成し遂げ、人類の歴史に遺産として残すことは、もしかしたら、
    生命を預けられてこの世に生を営む私たち一人ひとりが成すべき義務なのではないか、
    と私は考えるのである。
     この本の出版に当たって、編集部の松尾義之氏にたいへんお世話になった。
    文章の未熟なところ、不明瞭なところなど、細かく指摘していただき、
    本の体裁を整えることができた。終わりになったが、
    ありがたく感謝している次第である。

    二〇〇二年一〇月
                                     桜井邦朋





    白日社トップページに戻る