| 吉川良三 著 |
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| 神風がわく韓国 |
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悪口はもうウンザリ、高邁な比較文化論も読みたくない。「違い」を互いに知り合って、本音で日韓関係を作ろうじゃないか。 韓国人の素顔が見える! 韓国がどんどん好きになる ! 司馬遼太郎『韓くにの紀行』に続け! ソウル滞在記の本格派登場。 | |
1940年生まれ。 1968年に神奈川大学工学部電気工学科を卒業し、日立製作所に入社。 ソフトウエア開発に従事した。CAD/CAMに関する論文を多数発表し、 また日本能率協会専任講師、12年間にわたるガイドの執筆などを通して、 日本のCAD/CAMの普及に貢献した。 1989年にNKK日本鋼管エレクトロニクス本部開発部長として 次世代CAD/CAMシステムを開発。 1994年8月から韓国三星電子常務として CAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進中。 ソウル在住。
序――高仁洙(三星人力開発院総責任者)――1 プロローグ――どうしても理解できない国――5 第一章 日本と韓国、ここが違う――17 ビジネスにおける習慣の違い、日常生活での不思議な差……。 しかし、日常のエピソードをよくよく観察すると、 韓国の人々の考え方が明快に浮かび上がってくる。 1 ほめる韓国、叱る日本――18 2 話す韓国、聞く日本――28 3 自然まかせの韓国、管理したがる日本――36 4 見せたがる韓国、隠したがる日本――43 5 個の韓国、集団の日本――52 6 現在重視の韓国、過去重視の日本――61 7 ホンネが見える韓国、ホンネが見えない日本――70 8 量が大事な韓国、質が大事な日本――78 第二章 韓国病とは何か――85 韓国の問題がいろいろと指摘されるが、 いっしょくたに捉えると誤解が生じる。 なかでも経済発展の途上であるために「病」と言われるものは、 日本もかつて経験した問題にほかならない。 1 韓国人が気づかない三つの病――86 2 文化の影響からくる病――91 3 経済の発展途上で起こる病――106 4 国際化のために治さねばならない病――124 第三章 韓国人とは、どんな人たちなのか――139 誇り高き韓国人の魂の根源はどこにあるのだろう。 知識人の指摘や文献や具体例から考えていくと、 これまで見えなかった奥に潜む精神構造が明らかになってくる。 1 韓国人の自尊心を支えるもの――140 2 「神風」がわき起こる国――147 3 「恨」から「傲気」へ――158 4 実際は複雑な行動と精神――165 第四章 チャンスを迎えた韓国――173 工業化社会ではあまり有利に働かなかった韓国人の持つ固有の文化、 発想、行動様式が、情報化社会、ネットワーク社会を迎えて、 大きくプラスに作用する可能性がある。 1 韓国の二一世紀、日本の二一世紀――174 2 ゼロに近づく時間と距離――180 3 個人主義が力を発揮する情報化時代――190 4 韓国に甦る匠の技術――201 第五章 人間味あふれる関係へ――209 習慣も日常文化も違う両国だが、歴史的にも地理的にも近く、 似ているところは山ほどある。 情報化社会に生きる韓日の新世代が、溝をどんどん埋めていく。 1 「チョンナミ」――異文化をつなぐキーワード――210 2 遠くて近い韓国の味――219 3 「遠くの親戚より近くの他人」――229 4 頑張れ韓日の新世代――238 エピローグ――私の人生を変えた国――245
スモッグに霞むソウル金浦空港に一人降り立ったのは、一九九四年の夏、まだ残暑が厳しい八月三一日であった。
韓国最大の企業からCAD/CAM(コンピュータによる設計・製造支援システム)の技術指導者として
来てくれないかという誘いがあったのは、その一年前のことだった。
最初に話が来て以来、引き受ける決心がつくまでに一年間という月日が必要だったのである。
なぜなら韓国という国が、私にとって本当に近くて遠い国であったからだ。
あれから七年という歳月が流れた。
その間、仕事上や生活の中で一〇年以上経ったのではないかと感じるほど、いろんなことを体験した。
(中略)
私は本書で、韓国での仕事や生活を通して実感した日本人と韓国人の思考や言動の違いを、
文化の次元という観点から、述べてみたいと思う。
韓国人の言動を表面的な善悪として議論するのではなく、
「文化の相違」と「豊かな国への発展過程における現象」という観点から言及してみたいのだ。
昔から他国を知るためには、その国の文化を理解することが大切であると言われてきた。
しかし私は他国の「文化」というものは基本的には「理解」できないのではないかと強く感じている。
なぜならその国の文化は、その国に生まれ育った者でないかぎり、本当に理解することは不可能であるからだ。
もし真に理解することができたとしたら、もはやその人は「その国の人」なのである。
しかしその国の文化を知識として学び、知ることはできる。
そのうえでつき合えば、その行動や考え方はおのずと理解することができるであろう。
逆に、行動や考え方の背後にあるものを見ようとしないかぎり、
偏見や反感は、いつまでたってもなくならないのである。
「理解しよう」と「知ろう」には大きなギャップがある。
「理解しよう」にとどまっていると、韓国という異文化や、そこから生じるいろいろと不思議な習慣に、
つい腹が立ってくるのである。ところが「知ろう」という態度に変えたとたん、
それらがみんな消えてしまう。
「何も腹を立てる必要はない、異文化なのだから」と冷静になれるのである。
遅ればせながらこのことに気がついたのは、私にとってほんとうに幸運なことであった。
実際に「理解できなくても知ることはできる」という姿勢に立って韓国の人々と接していくうちに、
当初抱いていた韓国に対する失望感や嫌悪感は完全に消えていったのである。
いま、私は一人の日本人として、改めてわが社の発展のために、微力ながら与えられた使命を全うしたいと考えている。
(後略)